オカダ・カズチカ、新日本プロレス退団に寄せて

完全に、油断していた。

オカダの海外マットへの移籍の噂が、まことしやかに囁かれていたのはもちろん知っていた。でも本人の口から出る情報以外は全部信じないようにしていた。

だって、年末にNEVER6メンのベルトを防衛したとき、オカダは「来年も新日本プロレスを盛り上げていきますんで」と、バックステージコメントで確かに言っていた。

年が明け、1.4の東京ドームの興行では、お馴染みのANREALAGEデザインのニューコスチュームをお披露目し、UVライトによる華麗な変化も見せてくれた。宣言通り、オカダとブライアン・ダニエルソンのスペシャルシングルマッチは大いに盛り上がり、2023年の総まとめと2024年の新しいスタートにふさわしい、最高の試合だった。

つい先日開催されたサンノゼ大会では、すでにAEWへの移籍を発表していたウィル・オスプレイとのシングルマッチが組まれ、事実上の壮行試合のような形となっていた。兄貴分らしい器の広さを見せるような試合展開でオガタが勝ち切り、試合後に両者が抱き合う姿はファンの涙を誘っていた。

さらに毎年恒例のニュージャパンカップのポスターには、当たり前の様にオカダの姿が並び、今年もここから始まり、熱い熱いG1の夏へと誘ってくれるんだなと。

そう信じきっていたのだった。

突然舞い込んできたオカダ退団の知らせは、まさに青天の霹靂。わたしは仕事でクライアント先に往訪していて、友人からの連絡でその一報を知ることになった。

凄まじいスピードで一気に拡散され、その日のスポーツ系メディアはオカダの電撃退団のニュースで持ちきりだった。

各種SNSでも、プロレスファンたちによって、あちらこちらでオカダ退団の話題がなされており、わたしは受け入れがたい事実とその情報の流れの速さに耐えきれなくなって、一時的にインターネットを遮断した。

まっとうなプロレスファンたちは、寂しさを吐露しつつも、大いなる決断にエールを送っていたり、海外での活躍を期待して心躍らせていたりした。

もちろんわかってる。引退するわけではないし、今生の別れというわけでもない。

オカダが決めたことは、オカダの人生に関わることだ。ファンならばその決断の背中を押してあげるべきだ。

でも、ちょっと、待って。まだ、心の準備できてない。

ぜんぜん、心の準備できてない……。

オカダが退団することで、わたしの生活にどんな変化があるだろう。インターネットを遮断している間、あんまり上手に回転しない脳みそで一生懸命考えた。

“わたしはカネの雨の財源だ” と、おこがましくも自称していたが、それくらいわたしにとってのライフワークだったことは間違いない。

新日本プロレスの興行のスケジュールが発表されたら、まず後楽園ホール開催の日程でファンクラブ先行でチケットを抑える。この時点では対戦カードはわからないのだけど、オカダが試合に出ることを期待して、その前提でチケットを取っていた。

もちろん、新日本プロレスが大好きなので、きっと今後も興行には出向くと思う。でも、これからはいくらチケットを先行で取ろうが、対戦カードにオカダの名前はないのだ。

わたしはオカダがコーナーで待機している姿を写真におさめることが好きだった。リング内の試合をちゃんと見ろよと怒られそうだが、同じコーナーサイドに立つ選手の一挙手一投足を、おでこにシワを寄せながらじっと見つめ、声をかける姿がとても好きだった。でも、これからは何人タッグマッチだろうが、オカダはコーナーに居ないのだ。

この姿を見ているのが好きだった。

オカダの試合運びも大好きだった。流れるような一連の動作は全て覚えている。

相手からロープに振られ、高速でロープワークをしたあとは、バックエルボーをお見舞いする。

相手の腹部に蹴りを入れ前かがみになったところを捉えてDDT。

相手がロープワークを始めたなら、相手のスピードを活かして高さのあるフラップジャックを繰り出す。それが試合の後半ならば、世界一のドロップキックになることもある。

コーナーポストに相手を座らせて、そこに向かってドロップキックすることもある。

DDTの前とドロップキックの前に、必ず1回パチンと手を叩くところも好きだ。

ダメージを食らって動けなくなっているのを見逃さず、すぐさまマネークリップでさらに体力を奪う。

相手を持ち上げてボディスラムを決めたあと、コーナー付近の会場カメラに「そこどいて」と手でジェスチャーをして、コーナーに登り、横たわる相手に向かってダイビングエルボードロップを食らわす。

そして、あたりを見回したあと、南側に向かってレインメーカーポーズを決めると、オカダをピンで捉えていたカメラがぐっと引いて、一気に盛り上がる会場全体が映し出される。

最後はとっておきのレインメーカーで、相手を完全に沈める。

この形式美は、オカダにしか生み出せない。

毎度当たり前のように見ていたこの光景も、新日本プロレスのリングでは、もう見れなくなってしまう。

何もかも、何もかもがリアルじゃない。寂しさが本当に止まらない。またきっとどこかで会えるはずなのに、なんでこんなにも寂しいんだろう。

気がついたら、仕事などの都合もあって本来行く予定ではなかった(オカダが退団するとか考えてもなかったし)1月の後楽園ホールの興行のチケットを取っていた。これが新日でのオカダを後楽園ホールで見る最後のチャンスなんだと思うと、居ても立っても居られなかった。

1.23と1.24が後楽園ホールでの興行の日程だったけど、1.24はすでに完売だったので、1.23に行くことにした。

そして、さっき、1.23の興行を見終えて帰ってきた。

オカダは4試合目で、NEVER6メンの前哨戦でTMDKとのカードが組まれていた。結果、オカダサイドは負けてしまったけれど、正直試合の勝ち負けはどうでもよく、1秒でも長くオカダの戦う姿を目に焼き付けておきたかった。

こんなに真正面からコーナーのレインメーカーポーズ撮れたの初めてだ。

オカダの応援ボードを作って持っていったけど、家で作っていても、全然心が追いついてなかった。THANK YOU RAINMAKER とは書いたものの、何がサンキューなんだよ、ほんとにオカダいなくなっちゃうの……?

何がサンキューなんだよ、本当に……涙

TMDKが勝ち名乗りを受ける中、本体・CHAOSの連合軍はそのまま退場していった。

ああ、終わった。普通に前哨戦として試合が消化された。とてもあっけなかった。

すると、1度退場したオカダが1人でリングに再び戻ってきてくれた。レインメーカーのテーマが流れる中、客席に深々とお辞儀をしていた。オカダの目に涙が浮かび、わたしの涙腺も大崩壊した。1人で観に行ったのだけど、隣のカップルに心配されるくらい泣いていた。

このタオルで涙を拭く日が来るなんて、思ってもなかったな。

オカダはリングの四方に向かって、「またね」って言ってた、と思う。わたし、読唇術は得意だよ。

人生で一番のどん底だったとき、オカダの試合を見て本当に救われた。戦う姿に勇気をもらった。本当に本当に、かっこよかった。

オカダのことは、どこに行ってもずっと追いかけていこうと思う。まだまだ気持ちが追いついてないけれど。

“わたしはカネの雨の財源だ”って言い続けるからね。

オカダ、本当にありがとう。

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